日本における動物愛護の倫理観

名古屋大学情報科学研究科
伊勢田哲治
iseda@info.human.nagoya-u.ac.jp

1 日本における動物愛護運動のながれ
2 現代日本の動物愛護運動の特徴
3 現代の運動と「日本的動物観」の関係
4 権利に基づかない倫理観

日本における動物愛護運動のながれ

第一期:明治30年代における動物愛護運動のたかまり(近森2000)

1901年 牛馬虐待取締の訓令

1902年 動物虐待防止会(のちに動物愛護会と改称)

「動物の虐待は人類の品格を破るものなり文明の体面を汚すものなり国民の幸福を妨ぐるものなり社会の美観を損するものなり」(近森2000に引用)

主に荷役用の牛馬の虐待を問題にする
第二期:戦後の動物愛護運動

1948年 日本動物愛護協会発足(イギリスの王立動物愛護協会の支部として)
1955年 日本動物愛護協会、財団法人として認可 
    社団法人 日本動物福祉協会設立

1974年 「動物の保護および管理に関する法律」
1979年 社団法人 日本愛玩動物協会
1982年 社団法人 日本動物保護管理協会設立

上記4団体はいずれも法人格をとって活動

これらの団体の主な取り組み

・災害地における動物の救助
・ペットの引き取り手を捜す
・ペットの去勢をうながすキャンペーン
・動物闘争(闘犬、闘鶏など)への反対運動


第三期:1980年代以降の動物愛護運動

1986年 動物実験廃止を求める会(JAVA)発足
1987年 アニマルライツセンター発足
1991年 実験犬シロをめぐるキャンペーン(JAVAによる)
1995年 JAVA分裂、代表の野上ふさ子氏はAVA-netお  
     よびALIVEを設立
1995年 アマミクロウサギ訴訟提訴
    (動物愛護運動とは直接関係ないが動物の権利に
     も言及)

以上の団体はいずれもNPO法人や法人格を持たない市民団体として活動
明らかに、PETA設立以降の欧米の動物権運動の影響を受けて運動を展開している。

第三期の運動団体の主な活動

・動物実験に対する反対運動
・動物園における虐待
・動物を景品とすることへの反対運動
・移入種動物の殺処分に反対する活動
・既成の動物愛護団体への批判(愛護週間と称して結局動物を見せ物にしている等)
現代日本の動物愛護運動の特徴


(1)権利についての主張が前面に出てこない

JAVAのホームページには「権利」という言葉がまったくと言っていいほど出てこない
(http://www.java-animal.org/)

動物実験反対運動でも、「残酷さ」と「不必要性」の二点で議論がなされ、「なぜ残酷にしてはいけないのか」という根拠にさかのぼることはほとんどない。
(http://www.alive-net.net/animal-experiments/top.html)


これに対して

PETAのサイトでは、まず動物権の概念から説明が始まる
(http://www.peta.org/fp/faq.html)

・ついでに言えば、残酷であることの基準は、現にその動物に与えた痛みの総量よりも、外見的な残酷さが主眼となっているように思われる
(これは単なる印象)

・動物実験の不必要性については短絡的な議論が目立つ(人間と動物の反応は違いが大きいから動物実験は無駄、等)。

→これはまた研究者の側の説明責任の問題でもある。



(2)実験動物についても、大半をしめるマウスやラットよりは大型ほ乳類(特にペット動物の払い下げ)を問題にする


以下はAVA-netのサイトからの引用
(http://www.ava-net.net/oshirase/doubutsutachi.html)
実験される動物たち
こんな動物たちが実験に使われる
ペットの犬や猫も
 街角からいっせいに猫が消えたのは、なぜ?
業者が捕まえて実験用に売り飛ばしているおそれがあります。ペットショップやブリーダーの施設でも、売れ残ると実験用に安く売られたりしています。行政に引き取られた犬や猫も実験に払い下げられています。実験者にとっては、人によくなれている犬や猫は扱いやすく、ただ同然にいくらでも入手できるからです。

野生のサルも
 日本固有の稀少な霊長類、野生ニホンザル。どんな保護対策も取られることなく、駆除されつづけ、密かに(違法に)動物実験へ回されています。サルは人間にもっとも近いという理由で、人の身代わりにされ脳に電極を差し込まれるなど、残酷な実験に使われています。東南アジアのサルは、実験用に捕獲され続け、絶滅に追いやられてしまったのです。

ウサギやネズミも
 ペットとして人気のあるハムスター、モルモット、マウス、ウサギたち(げっ歯類)。おとなしく扱いやすいため、ただ実験のためだけに大量繁殖させられています。薬物を飲まされたり、わざと病気にさせられたり、身体を切り刻まれたり、ありとあらゆる実験の材料に使われたあげく、最後は生きたままゴミ袋に投げ込まれることもあります。日本で実験に使用されるマウス、ラットなどのげっ歯類は最低でもなんと1000万匹以上です。
 

(3)菜食主義を推進する主張が前面に出てこない

日本の運動体では比較的動物権を前面に押し出すアニマルライツセンターも、菜食主義のキャンペーンは行っていない模様
http://arcj.info/campaign.htm


ALIVEはanimal factoryに反対するキャンペーンをしているが、行動提起としては控えめ
ALIVEの畜産動物に関する行動提起(『ALIVE』96年6月創刊号11ページ)
「私たちにできること
・消費者として動物がどのような状態で飼育されているか、お店や生産農家に直接問い合わせましょう。私たちが動物の健康や福祉への配慮を願っていることを、関係者に積極的に知らせましょう。
・環境と健康を守るため、そして動物の犠牲を避けるために、できるだけ動物性のものを食べないようにしましょう。栄養のバランスを考えた穀物と野菜を食べることで十分健康であることができます」
日本の運動団体の菜食主義についての主張としてはこれがおそらくもっとも明快なものだが、キャンペーンとして行うにはいたっていない。



以上のような特徴をまとめて「強硬派動物愛護運動」と呼ぶことにする。欧米型の「動物権運動」とは区別すべき
日本人大学生を対象にした田辺氏の調査結果(田辺1993)
動物実験全面反対派はほとんどいない(調査された266人中3人、1.1%)
肉食への抵抗も小さい(調査された266人中9人、3.4%)
ギャラップ社の調査


動物権運動について(2000年4月、成人1000人対象)

動物権運動は政策に大きな影響を与えた

強くそう思う 15% 
ある程度そう思う 35% 
あまりそう思わない 35% 
全くそう思わない 13%



動物権運動の目標に同意するか

強く同意する 29% 
ある程度同意する 43% 
あまり同意しない 16% 
全く同意しない 9%

ギャラップ社の調査

動物実験について(2003年5月、成人1000人対象)

動物は人間と同様の権利をもってしかるべきである 25%
動物はある程度保護されてしかるべきである 71%
動物に保護は必要ない 3%

製品のテストで動物実験を行うのを禁止することに
賛成 38%
反対 61%

医学研究で動物実験を行うことを禁止することに
賛成 35%
反対 64%
ギャラップ社の調査


菜食主義について(2001年7月、2002年7月)

あなたは自分が菜食主義者だと思いますか

はい 6% 
いいえ 94%


牛肉などのred meats を
  決して食べない 6% 
  積極的に避ける 23%

魚介類を
  決して食べない 10% 
  積極的に避ける 10%


鶏肉を
  決して食べない 3% 
  積極的に避ける 5%

卵を決して食べない 7% 
3 現代の運動と「日本的動物観」の関係


はたして強硬派動物愛護運動は日本的な動物観を反映したものなのだろうか?



日本的な動物観とよべる一枚岩のものが存在するわけではない。

しかし、一般に「日本的動物観」として指摘されるものは存在する。

・仏教的殺生観が神道の「穢れ」意識と結びつき、殺生に対する罪悪感を生んだ
・人間が最も尊いという儒教の人倫意識の伝統
・野生動物は山の神のもの、という山中異界観
・肉食禁止令は繰り返し出されていたが、庶民レベルでは肉食は多く行われていた
・家畜の去勢はほとんど行われず、したがって品種改良もほとんどおこなわれてこなかった
やや乱暴にまとめると以下のようになる

 

伝統的動物観

強硬派動物愛護運動

動物とは

仏教的輪廻思想

儒教的人倫思想

愛護の対象

肉食

仏教・神道的禁忌

実際には肉食文化あり

問題なし

野生動物

異界、共存

保護の対象

身近な動物

家畜、資源としてとらえない

コンパニオン・アニマル、愛玩の対象



・強硬派動物愛護運動は儒教的人倫観と近いが、それよりは動物保護寄り
・その他の点でも伝統的動物観と対応しているわけではない。

解釈としては
・仏教、儒教、神道などは動物への態度の根拠として機能しなくなっているが「権利」に基づく主張には違和感がある

→むしろイギリスの伝統的な動物愛護運動の影響がいまだに強いのではないか

→実際、日本の動物権運動から既成団体への批判は「きちんとした愛護を行っていない」という点や「動物実験の無意味さを認識していない」という点に重点がある。
強硬派動物愛護運動の倫理観

・宗教や伝統には基づかない

・欧米流の動物権運動の影響をうけ、動物実験や毛皮などについては強硬な主張をする

・しかしその主張は権利概念ではなく「残酷さ」に根拠を置く

・共感に基づき、共感の対象となるような動物(特にコンパニオン・アニマル)を中心に配慮の対象を広げていく

権利に基づかない倫理観

強硬派動物愛護運動が欧米型動物権運動より遅れていると言えるかというと、必ずしもそうはいえない。近年の倫理学の流れは、むしろ強硬派動物愛護運動に有利な倫理観に回帰する傾向にある

徳倫理学(virtue ethics)

1980年代以降の倫理学で大きな流れとなる(マッキンタイア1993)

・既成の功利主義(最大幸福)や自己決定権を批判

・意識的な計算や権利より、徳(よい性格)に基づく行動の重要性を強調

・市民社会の普遍主義的な倫理に対して、身近な人への共感に基づく倫理を提起(ケアの倫理)

・他の立場からは身内びいきを肯定する論理として批判される。


共同体主義(communitarianism)

徳倫理学と密接な結びつきを持つ政治哲学上の立場(マッキンタイア1993、サンデル1999)
・徳を形成するのは共同体。

・「人間本性」は所与ではない→共同体の「物語」で意味を与えられる

・共同体の維持、共同体による人格形成の維持を強調

・多元文化主義の理論的根拠

・保守主義を肯定するという点で批判をうけるが、共同体が瓦解しないかぎり、変化を否定するものではない。

ただし、これらの立場については、最終的には功利主義的な正当化も可能
・徳が重要なのは徳のある人が幸福を最大化する傾向があるから
・共同体が重要なのは共同体が個々の成員にとって心理的に必要だから

徳倫理学の観点から

・虐待が問題なのは、それが悪徳(悪い性格)に基づき、また、虐待することで悪徳が促進されるから

この発想は「動物虐待防止会」の主張に明確にあらわれている
野上氏も、動物実験廃止を訴える最終的な理由として、
「動物実験に依存している私たちの社会は、ローマ帝国と同じように道徳的退廃をもたらしているに違いありません。たとえ動物実験が科学的に「有益」であったとしても、それが人間社会に倫理的「害悪」をもたらすものであるなら、それはもはやあきらめるべきものではないでしょうか。」(野上2003、228ページ)

・共感に基づく身内びいきな判断は倫理の基礎
「感情的」であることはそれだけでは相手の主張を軽視する理由にはならない。

・「権利」で杓子定規に処理することで本当の意味での「配慮」が失われる可能性はある

ただし、
・医療倫理などでは患者の権利がある程度浸透したからこそケアの倫理が登場した→補完物としての徳倫理学
・どんな感情でも徳となるわけではない。(中庸を得ることが必要)その点では根拠不十分

共同体主義の観点から

・動物福祉の問題への解答が日本と欧米で同じになる必要はない←多元文化主義
必ずしも欧米の議論の方が進んでいるとは限らない。

・強硬派動物愛護運動が日本的動物観の伝統に乗っていないことは必ずしもマイナスではない。

・今の日本の共同体において人格形成のための「物語」は何か、というのが問題

→強硬派動物愛護運動に参加するような性格が仏教的殺生観よりも中庸を得ていると見なされる可能性は十分ある

→他方、現在の強硬派動物愛護運動は共同体が瓦解したあとの産物であり、共同体の回復(=伝統への回帰)が必要だ、という立場も可能

まとめと提案

・徳倫理学・共同体主義の観点からみて、今の強硬派動物愛護運動は無視もできないが強力な根拠があるわけでもない。

・(「動物権」と呼ぶかどうかは別として)動物に対してしてよいこととしてはいけないことを明確に決め、それが浸透してから感情や徳の要素を補うというコースを取った方が結局動物のためでは。



文献
犬飼孝夫(1996)「東西の動物観 アニマルライツをめぐって」麗澤大学紀要62,29-43。
河合雅雄、埴原和郎編(1995)『講座 文明と環境 第八巻 動物と文明』朝倉書店
国立歴史民族博物館 (1995)『国立歴史民族博物館研究報告 第61集 共同研究「生命観----とくにヒトと動物との区別認識についての研究----」』
国立歴史民族博物館編(1997)『動物と人間の文化誌』吉川弘文館
田辺治子(1992)「東西動物観比較考」『麻布大学教養部研究紀要』25, 1-17。
田辺治子(1993)「現代の動物観 ----動物の権利の思想----」『麻布大学教養部研究紀要』25, 1-17。
近森高明「動物愛護の<起源> ----明治30年代における苦痛への配慮と動物愛護運動----」京都社会学年報 8号、81−96。
塚本学(1995)『江戸時代人と動物』日本エディタースクール出版部
原田信男(1993)『歴史のなかの米と肉』平凡社選書

参考URL
ギャラップ社のサイト
http://www.gallup.com/
日本動物愛護協会のサイト
http://www.jspca.or.jp/hp/
日本動物福祉協会のサイト
http://www.corcocu.co.jp/JAWS/
日本愛玩動物協会のサイト
http://www.jpc.or.jp/
JAVAのサイト
http://www.java-animal.org/
アニマルライツセンターのサイト
http://arcj.info/
ALIVEのサイト
http://www.alive-net.net/
AVA-netのサイト
http://www.ava-net.net/
PETAのサイト
http://www.peta.org/
Animal Concerns Community のサイト
http://www.animalconcerns.org

そのほかALIVE、AVA-netの各機関誌『ALIVE』『AVA-net』を参照した