『科学技術をよく考える:クリティカルシンキング練習帳』
ディスカッションのやりかた(参考例)


(1)事前準備

ユニットの課題文は事前に読んでおく。一般的な注意としては
・結論は何か。
・その結論の根拠になっているのは何か
・その根拠は正しいか。
・その根拠からその結論は本当に出てくるか
といったところに注意しながら読む。しかし、ユニットごとに特に注目すべき点はそれぞれ異なるので、それぞれのユニットの注目点についてはインストラクター側から事前の指示があればなおよい。(指示の例は以下の「ディスカッションの際の注目点、および事前の注意(参考例)」の項を参照)

ディスカッションの場面ではどちらかの立場のスポークスパーソンを割り振られることもある(以下参照)。どの役がまわってきても困らないように両方の立場に注意しながら読む。

また、ディスカッションはあくまで課題文のもっともらしさについて行うことに注意。たとえば遺伝子組換え作物の是非そのものではなく、「ユウさんとタクミさんが遺伝子組換え作物について言っていること」のもっともらしさが問題。したがって、基本的にはそこで書かれている情報の範囲内でディスカッションする。

(2)グループ ディスカッション

理想的には4〜5人で一つのグループを組む(人数次第では3人、6人も可)
・もし初対面であれば全員の自己紹介から。
・最初に以下の役割分担を決める
 (a)司会
 (b)書記(メモをとるだけでなく、グループの議論をまとめ、全体に報告する仕事も担当)
 (c)スポークスパーソンA (自分自身の考えと関係なく、一つ目の立場を代弁する)
 (d)スポークスパーソンB(自分自身の考えと関係なく、二つ目の立場を代弁する)

 スポークスパーソンはできるだけ自分の普段の考えと逆の立場を担当してほしい。分担はボランティア制だが、司会だけまず決めて司会が他の分担を割り振ってもよい。

5〜6人でやる場合、役割のない人ができるが、それは自由な立場で発言してよい。

・ディスカッションのながれ

ステップ1.まずスポークスパーソンがそれぞれ自分が代弁する立場を簡単にまとめ、その立場から相手の立場がどう見えるかをまとめる。

ステップ2.それぞれの主張についてどう思うか、スポークスパーソン以外の人たち(司会、書記も含める)が意見を述べる。場合によってはスポークスパーソンからのリプライもあってよい。全員がまんべんなくしゃべるよう、司会が配慮する。司会は適宜「短めに要点をお願いします」「その話は関係ありますか」「それは質問ですか意見ですか」など、発言に介入して議論のスムーズな進行につとめる。また、議論の中で一方の立場の発言ばかりが出ていると感じたら、反対の立場のスポークスマンに発現をふるとか、「さきほどこういう論点が出ていましたが」と、自分から話題をふるのも司会の仕事。

ステップ3. 出てきた話題の中で、とくに重要そうに思えるものを司会が選び、議論を深める。

 ステップ4.グループ討論の内容をクラス全体に報告するためのまとめを書記が中心となって行う。どちらの議論が優勢だと感じたかという判断もできれば書記が中心になってやってほしい。

 ステップ5 各グループからの報告。口頭での報告でもよいが、書記が要点を黒板にまとめる、教員が口頭の報告の要点を黒板にメモする、などのやり方の方が報告内容が記憶に残ってよい。グループ数が多い場合は、いくつかサンプルを抜き出して報告してもらうという形でも可。

(3)全体ディスカッション

時間に余裕があれば全体ディスカッションを行うことでより理解が深まる。

ステップ6 全体ディスカッション。それぞれのグループからの報告のあと、以下のような点について議論を全体で深める。
・他のグループから出た論点や結論は納得のいくものだろうか。
・逆に、他のグループの議論を踏まえると自分のグループの議論で甘かった点などが見えてこないだろうか。
・どのグループでも見落とされている視点などはないだろうか。
・課題文の二つの議論について全体での認識の一致はできそうだろうか。 特に、すべてのグループが報告できなかった場合、報告しなかったグループの参加者から、報告したグループの議論で出てこなかったけれど重要だと思う論点を挙げてもらう。そうしたディスカッションを通して、どういう点が合意できるか、どういう点で意見が分かれるか、考えてもらう。

90分授業、4グループという想定での時間配分例

イントロダクション(背景説明、ディスカッションの際に特に着目してほしい点などの説明)、グループ分け 10分
グループディスカッション 30分
ディスカッション内容の整理 5分
グループからの報告 5分×4 =20分
全体ディスカッション 25分

ディスカッションの際の注目点、および事前の注意(参考例)

ユニット1

ユウさんとタクミさんの対立点は多岐にわたる。少し先に紹介するスキルだが、スキル4−1「対立点を整理する」などを参照し、それぞれの論点について何が対立しているか整理しながら読むとよいかもしれない。そうして対応づけたとき、一方だけで出てくる論点もある。たとえば、ユウさんの「遺伝子組み換えは品種改良の延長」という主張へのタクミさんの回答、「一部の企業の金儲けに全世界がつきあわされている」というタクミさんの主張へのユウさんの回答などを考えてみてほしい。

ユニット2

一つの焦点となるのは脳科学の研究から何が言えるのかということ。タクミさんの議論のうち31−32ページのあたりで「逆向きの推論」についての論点があるが、(1)脳科学でどういう論法が使われているか(2)それをタクミさんはなんといって批判しているか(3)その批判は本当にあたっているか、といった点に注目してタクミさんの主張を整理してみてほしい。また、タクミさんの議論で偶発的所見のような倫理問題の存在が指摘されているが、それにアスカさんはどう答えているだろうか。その答えはちゃんと答えになっているだろうか。

ユニット3

このユニットの二人の議論は、喫煙が有害だという科学的な証拠を認めるかどうか、という科学の問題と、受動喫煙などの問題があるからといって自由は制限されるべきなのか、という自由の問題の二つに論点が分かれている。それぞれの論点についてどちらがより説得力のある議論を展開しているか考えてみてほしい。

ユニット4

タクミさんとチアキさんはそれぞれデータを駆使して議論を行っている。それなのになぜ反対の結論が出ているのだろうか。二人の出すデータをよく見比べて、お互いにどういう関係にあるのかを考えてみてほしい。

ユニット5

血液型性格判断は本書で取り上げた中でもとりわけ身近な話題であり、すでにはっきりした意見を持っている人が多いと思われるが、ここでは一旦その判断をかっこにくくって、自分と反対の意見の文章をまじめに読んでみるというところからはじめてみてほしい。 チアキさんとユウさんはどちらもある意味で「科学」の視点を大事にしながら対立する結論に達している。二人はそれぞれ科学についてどういうイメージを持っているだろうか。 チアキさんの「社交的な機能を果たす話題に関して、科学的根拠があるかなどというのは実はどうでもいい」(p.117) 「どんなに便利な道具でも…使い方を間違ったら有害になりうるのは当然だ」(p.122)といった考え方をどう評価するかというのも議論の一つのポイントになるだろう。

ユニット6

今回の課題文はコンパクトにまとめられている分、話は拡散しにくいと思うが、背景情報がたりないと感じるかもしれない。その場合、シミュレーションについては知識6−1を、ユウさんの発言にある「予防原則」についてはユニット1の知識1を、それぞれディスカッションの前に読んでおくとよい。

ユニット7

チアキさんとユウさんは違う点に着目して論を展開しており、どちらも単独で読んでいるとつい納得させられそうになるかもしれない。二人が相手の議論に対して何を言いそうかという点に着目すると、対立点がはっきり見えてくるかもしれない。

ユニット8

アスカさんの主張の中で「広く一般市民に開かれ、その知恵を結集して、国民の生命・財産の安全を守るという目的を優先させた新しい科学研究活動のあり方こそ、必要になるのではないか」(p.202)というあたりが目を引くが、チアキさんはこれにどう答えるだろうか。

ユニット9

この論争の一つの目玉となる論点はアスカさんの233-234 ページの「限界事例」論だろうと思われる。この論点にタクミさんはどう答えているか(答えそうか)、タクミさんの答えにアスカさんはどう反論しそうか、といった観点でディスカッションしてみてほしい。

ユニット10

原爆投下の是非そのものが問題ではないので、読む際には注意が必要。アスカさんの言う「情緒主義」はいろいろなニュアンスを含んだ立場なので、まずこれをよく理解してから、チアキさんが情緒主義という考え方にどう反応しそうかを考えてみてほしい。スキル10−2「メタCT」も事前に読んでおくとよい。
コメント、質問等は伊勢田哲治 (iseda213_at_gmail.com)まで (_at_を@に置き換えてください).

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